100周年連載企画〜東大野球部の今昔〜
――野球部に入部した経緯を教えてください。
東大野球部に入ろうと思い、東大を目指しました。その決断自体はそれほど早い時期に出てきたものではありませんでした。高校時代はなんとなく大学でも続けたいとは思っていましたが、どこでやるかは全然決めていなかったですし、大学で続けるかどうかも100%ではなかったです。最後の夏の大会では、シードもされていて県内ではそこそこ勝てる自信はありましたが、1回戦で逆転サヨナラ負けを喫したことで、自分の中でこれでは終われないと思いました。引退する時、保護者や指導者の方もいる前で一人ひとりしゃべる機会があり、東大で野球やります、と言い切りました。その瞬間に決めたという感じでしたね。言ったからにはやらなければという状況で、そのきっかけとなったのが当時外部コーチをしていた明治大学の野球部のOBの方で、その方から六大学の話は聞いていました。自分が六大学で試合に出るのなら東大しかないのかなとは思っていました。その気持ちが、最後のサヨナラ負けとか野球をここで終われないという気持ちと重なって、その時自分の中で決まりました。
――当時のチームの雰囲気はいかがでしたか。
入学したときの4年生がすごかったです。投手で松家さん(平成17年卒・高松高)、野手でもベストナインをとった杉岡さん(平成17年卒・木更津高)や太田さん(平成17年卒・県長野高)がいて、レベルの高さに驚きました。東大のことも、六大学のこともあまり知らなかったし鹿児島なので神宮で試合を観たこともなかったです。当時はインターネットも身近でなかったので。最初は正直舐めていて自分が行けばなんとかなるだろうと思っていましたが、いざ入ってみたらチームの中でも自分の実力不足を実感しました。その年、チームは年間で5勝しました。投手は松家さんと3年の木村さん(平成18年卒・川越東高)が中心で強かったですが、次の年は年間2勝で、前の年ほどは勝てませんでした。監督が4年間で3人代わって、チームのちょうど過渡期みたいな感じでしたね。今考えてみると、チームとしてどっしりとした体制のようなものがなかったのかもしれません。雰囲気として別に悪かったわけではなかったのですが、うまく戦えてなかったのかもしれないと思いました。自分が4年の時は、現在助監督の中西さん(現助監督・平成10年卒・東海大仰星高)が監督でした。
――野球部に在籍していたときの思い出を教えてください。
4年の秋の最後のカードでようやく勝てたことですね。勝てたというのはやはり一番印象に残っていて、そのときには48連敗していました。東大の人はそういう時代を経験すると思いますが、勝てない時代になってしまって勝ち方がわからないという状況になってしまっていました。それを最後に止められたというのはすごくよかったと言ってもらえることもありますが、自分の中では勝てたということよりも連敗を作ってしまったこと、連敗中にどうにもできなかったことへの気持ちの方が強かったですね。 自分はリーグ戦自体で投げるのは早くて、1年の春からでした。登板機会も多くもらっていたのに勝てなかったです。とくに大きな怪我もなく、8シーズン投げてないシーズンはなかったです。3年春から先発を務めました。プロに行きたいという気持ちが強く、勝負のシーズンだと臨んだ4年の春は調子が悪くてあまり投げられなかったです。4年の秋にある程度調子がよくなり、社会人でできることが決まりました。最後のカードで勝つことができました。
――学業との両立は厳しかったでしょうか。
自分の時は文科Ⅱ類から経済学部への進学は単位さえとっていれば行ける、という感じでした。それもあって、文科Ⅱ類を受けました。やはり高校までの勉強とは違うことも多くて、真っ向からいっても単位を落としたこともあり、限界を感じることがありました。東大のレベルの高さを感じましたね。 野球を続けるためにも卒業できないといけないので、何とか単位だけは落とさないようにと思って頑張っていました。それでも何度か単位を落とし、結構苦労はしましたね。野球部の同級生や、クラスの友達にもすごく助けてもらいました。 遊ぶ時間などは少なかったですが、とにかく野球ができればよかったので、それは気になりませんでした。練習やトレーニングに時間を費やすことが多かったですね。単位はとれましたが、その時は単位を取ることに必死で、せっかく東京大学に入ったのだからもっと視野を広げて勉強すればよかったかな、と今では思います。在学中はあまり感じませんでしたが、卒業してからふと自分が東大にいたことを思い出す瞬間があるので、もっといろいろなことに興味を持って学べばよかったですね。 4年間の経験は、成功体験の方が少ないし負けてばかりでしたが、その中で野球が好きだったから何とかもがいて頑張り続けられました。逆境に対してねばり強くなることができましたね。
――卒部後は社会人野球に進まれました。
卒業後も野球は続けたいと思っていましたが、大学でやっている間はプロしか見えてなくて社会人野球のことは知らなかったです。社会人でやるという考えはもともとありませんでした。4年の春に調子が悪くて全然アピールできなかったので野球を続けられるかわかりませんでした。その時に同期の主務の小谷(平成20年卒・八鹿高)が、連盟で社会人チームに話をつないでくれました。会社の方が観に来てくれた試合である程度いいピッチングができて声をかけてもらいました。社会人でずっとやっていこうというよりは、その時もプロに行きたい気持ちが強かったので、社会人を経ていこうと思っていましたね。それを手助けして実現してくれたのは小谷の力によるところが大きいので、本当に頭が上がらないです。小谷とは現役の時にも引退してからも結構試合を観に来てくれ、今でも交流があります。
――大学野球とは違う雰囲気は感じられましたか。
やはりレベルが格段に上がりました。もちろん大学野球にもプロで即戦力になるような選手もいて決してレベルが低いわけではありませんでしたが、野球の考え方が全然違うと感じました。大学では4年間かけて最後にやっと通用するようになったと思っていましたが、社会人に入ったらまたゼロからスタートするような感覚でした。大学のときにできていたようなこともできなくなったような気がしました。
――学生時代の経験が役に立ったと感じた出来事はありましたか。
だめなときでも頑張るという気持ちが身につきました。社会人は極端な話だめだったら1年で終わる可能性もあります。とにかく前に進んで上に行きたいという思いで必死にやっていましたね。
――社会人野球で印象に残っていることはありますか。
現役の間に2回都市対抗に出場しました。2回目の2015年に出たときに、大事な場面で投げさせてもらえました。8年かかっているので、大学の2倍かかってしまいましたね(笑)。そこにきてようやくチームでも信頼されるようになったのだと実感しました。そこで結果を出せたことが自分のなかでは印象に残っています。翌年に引退して、そのままコーチになりました。やはり野球に携わっていきたいというのがありました。長く社会人野球をやっていく中で、社会人野球のやりがいや都市対抗がどんなものか分かってきました。野球を続けられるチャンスをいただいたのなら携わっていきたいと思いました。 今後どこまで続けるかは、社業もあるし年齢的な問題もあると思います。大学時代、卒業してからの12年間と、これまで野球しかしてきていないので、今からでも野球以外のこともやってみたいという気持ちもありますね。
――今後成し遂げたいと考えていることは何かありますか。
今は模索中です。大学4年生と同じような気持ちだと思います。社会人の場合は、大学みたいに学年で終わりが決まっているわけではないですが、続けられる間は野球を頑張りたいです。ここから先どのような世界が待っているか、不安も期待もあるような状況です。
――今の東大野球部の雰囲気をどのようにご覧になっていますか。
自分たちの頃と比べて環境面など、組織としての機能性が確立されてきていると思います。 現役の選手たちは今の環境で十分満足しているわけではないと思いますが、今この環境ができているのはきっと浜田監督になってからだと思います。7年監督をされているというのもすごいし、この7年の中で外から見ても東大野球部がすごく変わったと感じます。今の雰囲気はチームとしてよくなっていると思いますね。 チームはただ野球がうまければ勝てるというわけではないです。ひとりすごいピッチャーがいたら勝てるのかもしれないですが、他の大学を見てもそういうチームが優勝できるわけでもないですよね。チームとしてまとまりを持って、監督、助監督を信じてやっていけば、もっと勝てる可能性が出てくると思います。
――現役部員である鶴丸高校の後輩に向けてエールをお願いします。
濵﨑(4年/投手/鶴丸)は下級生から投げていて、いいピッチャーが入ってきたなと思っていました。ただ、リーグ戦を見ていると最近は苦しんでいるように思いますが、ラストシーズン残っています。自分も4年の秋にやっとある程度自分の力を出せるようになったので、最後まで頑張ってほしいです。最後に力が出せると期待しています。
――チーム全体に向けて、人生の先輩としてメッセージをお願いします。
社会人で野球をやっていて、他大学出身の選手としゃべる機会も多いです。どこも東大相手が一番いやなのだなと思います。負けられないという思いがすごく強いですね。だからと言って自分たちがそれを意識して変わる必要はないと思いますが、僅差で競った試合になったときにこそ力を発揮できるように頑張ってほしいです。この試合は行けるという時は、相手は東大の数倍焦っていて、どこのチームも東大以上にプレッシャーがあります。たまに転がってきたチャンスを確実に生かせるようになると、勝てる試合も増えてくるのかなと思います。ただ、そういう時こそ普段の練習を思い出してやってほしいです。東大生はすごく頑張るので、練習でここまでやり切る力は他大学にはないと思います。試合が練習ぐらいのつもりで行った方が力を出せると思います。普段の練習で十分頑張っているので、普段通りを試合でも出せれば勝ちにつながると思います。
重信 拓哉(しげのぶ たくや)プロフィール
○経歴
2004年 文科Ⅱ類に入学
2006年 経済学部に進学
2008年 東京大学卒業、明治安田生命に入社
2008~2016年 選手として活躍
2017年~ 明治安田生命野球部コーチを務める
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